お盆だからこそ

鎌倉
社会人になってからは、なかなか実家の家族と顔を合わせたり一緒にどこかへ出かけたりということがしづらくなるもの。そんな折、今年の夏のお盆の時期がやってきた。国内屈指の観光地古都鎌倉に我が家の代々身内が眠る霊園があり、そこへお墓参りに今年も行ってきたときのことが純粋に嬉しかった。

今年のお墓参りは、家族の中では仕事の関係もあり、私と母のみの参拝となった。しかしながらこれがまた楽しいもので、母と待ち合わせをする前からすでに自分自身へのちょっとしたプレゼントも兼ねた鎌倉散策がゆるされる日でもあった。亡き身内が与えてくれたのだと捉え、玄関の藤沢駅からすでにいつも鎌倉への散策旅情はスタートを切る。行きは時間的に余裕をもって家を出て、合流地点である鎌倉駅までは観光ルートを取り、目と心の保養のためにも江ノ電で行くのが私の中で定着している。車窓から目に入る景色はどこを取っても絵にも詩にもなるのが鎌倉エリア。観光電車の江ノ電でカタンコトン見慣れた鎌倉まで続く街並みはこの日も素晴らしく、今回もしみじみと感慨に浸りながら乗車を愉しんだ。

短くて儚くも美しい旅に違いない旅のお供には、サザンオールスターズの曲。ウォークマンで聞きながら江ノ電の車窓をじっと眺め続けた。時折、江ノ電の駅での蝉しぐれが聞きたいときはその都度片方のイヤフォンを外して耳を澄ませ、もう片方の耳ではサザンの曲を流し続けた。どちらにしても夏の洗礼には違いないので嬉しい。
江ノ電の中そうして心がゆるっとナチュラルにオフになり、お気に入りの服を着て軽く頬杖をつくような形で車窓の向こうの大好きな街並み風情をただ黙って見つめていた私は、自分でも今とっても幸せそうに安らいだ顔つきをしているんだろうなと自覚していたほどだ。

母と待ち合わせの鎌倉駅に早めに着き、母が来るまで近隣を練り歩いて再び駅に戻ると母がいた。霊園行きのバスには子どもの頃ぶりのレアなレトロバス、りんどう号にもたまたま運よく乗ることができたのもまた嬉しかった。

霊園でお墓参りを済ませるといつも鎌倉散策をするのが我が家のお墓参り後の習慣だが、このときも母と鎌倉を練り歩いた。なかなか母と二人だけの親子水入らずでという機会もなく、こういう純粋な母子の交わりは本当に嬉しい。

小町通りで一緒に食事をしたり、鎌倉らしいブティックで母に似合いそうな一着を見て回ったりする姿には店員さんからも何だかお友達みたいですねと言われたこともあった。一年中観光客が絶えない場所、鎌倉。お盆の暑い時期は鎌倉は閑古鳥期のはずだが、それでも観光に来る人は来る。私たちもまたそのうちの一人だった。
何しろ関係性を改めて確認し、一緒に楽しく睦まじく過ごしてこそのお墓参りだ。今度のときは母が行ったことのないという御成通りのブティックを案内してあげたい。素敵なひとときだった。